宮澤エマ(の祖父)

夜勤明け。

女優の宮澤エマさんは高校生時代に、祖父で、首相、外相などを務めた宮澤喜一氏にパレスチナ問題について質問すると、喜一氏はパレスチナ暫定自治政府議長のヤーセル・アラファト氏と握手すると、彼の手は柔らかかった、これどういう意味かわかる?と返したそうだ。それは、彼はもう軍人ではなくなっていたからだよと喜一氏は説明したという。

イスラエルを訪問しても、パレスチナ自治政府関係者と面会しないで、イスラエルのネタニヤフ首相と握手した小野寺五典氏らとは対照的なエピソードである。ジェノサイドを犯したネタニヤフ首相を握手し、その様子が世界に発信される外国の政治家は米国のトランプ大統領と小野寺氏ぐらいしか知らない。

宮澤喜一氏がアラファト議長と握手したのは、1993年にオスロ合意があり、パレスチナ自治政府への支援を日本に要請するために、2回目の来日をした1996年あたりだろうか。アラファト議長は1982年にイスラエル軍がレバノンに侵攻して、PLOがレバノンから離れざるを得なくなるまでイスラエルとの武力闘争に従事していた。イスラエルや、イスラエルを支援する米国はアラファト氏のことを「テロリスト」と呼んでいた。それでも日本は1981年にアラファト氏の初来日を実現させるなど、米国に同調しないパレスチナ政策を明らかにしていた。

欧米諸国やイスラエルが用いる「テロリスト」という言葉にはご都合主義的な響きがある。現在、ガザ住民の7万人以上を殺害したネタニヤフ首相がハマスに「テロリスト」という言葉を使うのは言語道断な気がするが、欧米諸国はアパルトヘイト体制崩壊後に南アフリカの大統領を務めたネルソン・マンデラ氏のことも「テロリスト」と形容していた。アラファト議長は、「難民を自由の戦士に変える」と言って、ヨルダンやレバノンなどイスラエルの周辺諸国でパレスチナ解放闘争に従事していた。その当時、彼と握手すれば、宮澤氏が言うようにゴツゴツした武骨な硬い手をしていたかもしれない。

宮澤氏は 1976年の外相時代、国連安保理決議242号の履行とともに、パレスチナの民族自決権を含む合法的な権利の承認が平和に不可欠であるとの立場を表明した。また、首相在任中の1992年には、中東和平交渉の多国間協議において、日本が環境部会の議長国を務めるなど、パレスチナを含む中東地域の安定に向けた役割を担った。日本は、イスラエル占領下のパレスチナ住民に対し、国際機関を通じた食糧援助や技術協力などの支援を継続した。宮澤氏は、中東和平の重要性を認識する日本の政治家の一人だった。

宮澤氏は手帳に日本国憲法の条文を挟んでいつもポケットに入れるなど、護憲派の政治家で、戦後日本の平和主義を重視していた。政界引退後に起きたイラク戦争についてもTBSテレビの「時事放談」で疑義を呈し、次のように述べている。(2004年4月4日放送)

「この戦争そのものには色々問題がある。第一、大量破壊兵器というものは発見されていないし、それから、9・11というものとサダム・フセインとは直接関係がないということもどうやらはっきりしているし、安全理事会では決を採らないで勝手にどんどん先に行ってしまって、おまけに先制攻撃をしたわけですから、それらには問題があるんだ、ということを私は言おうとしているわけです。だから、なかなかよその国がついてこない、ドイツとか、フランスとかの立場がそういうことになるわけなんで・・・」

「戦争そのものはできたかもしれないけど、『戦争後』ということは最初から分かっているわけだから、アメリカ1国ではできないことが分かっているのに、俺がやるからみんな見てろ、といったような、そういうことではやはりうまくないな、ということだと思う」

そのイラク戦争を支持した小泉純一郎首相の政治手法にも反対する見解をテレビなどで明らかにしていた。宮澤氏は、小泉氏が郵政民営化に反対する自民党議員を「造反組」として公認せず、刺客候補を送り込んだ手法について、「小泉氏は政党というものを壊してしまった」「一種のポピュリズムだ」と郵政解散についてもやらないほうがいいと述べていた。また、小泉首相の靖国神社参拝についてもアジア諸国との対話を重視する立場から慎重な行動を求めた。

宮澤氏は、軽武装・経済重視という「吉田ドクトリン」を継承し、経済成長を重視し、軍事的な影響力拡大よりも、国際協調や平和的な外交手段による問題解決を優先する考えをもっていた。宮澤氏は自民党のハト派の派閥「宏池会」を率いたが、その「宏池会」を継承した岸田文雄元首相は、安倍元首相など自民党内のタカ派と歩調を合わせ、防衛費倍増、反撃能力の保有などの政策を採るようになった。

特に安倍政権以降、自民党がタカ派的傾向を強める中で、イスラエルの軍事技術の獲得を望むようになり、小野寺氏がネタニヤフ首相と握手するなど、自民党のパレスチナ政策も変節するようになっている。もちろん、それでよいわけがなく、パレスチナなどアラブ世界の人々が日本に対して敬意をもっていたのは、宮澤氏が重視した経済重視、平和外交のほうで、宮澤氏のような考えがかつて自民党では有力であったことを、自民党をはじめ日本の政治家たちにはよく思い起こしてほしいと思う。

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