エミシはアイヌ語を話していた、さもありなん

東北地方、特にその北半分には、アイヌ語由来の地名が数多く残されています。

地名は、その土地に暮らした人々の言語や文化、地形認識を長く伝えるものであり、時代が移り変わっても比較的残りやすい性質を持っています。

そのため、地名はしばしば「生きた化石」と呼ばれます。

古代の東北地方には、「エミシ」と呼ばれる人々が居住していました。

エミシの言語は「夷語」と呼ばれており、大和朝廷側の日本語とは明確に異なる言語であったため、通訳を必要としました。

エミシは、ヤマト朝廷の勢力拡大に伴い、次第に北方へと押しやられていきました。

しかし、東北北部では平安時代に至るまで、なお朝廷の支配が十分には及ばず、エミシは独自の勢力を保ち続けました。

ここで注目すべきなのは、エミシが長く居住していた地域と、アイヌ語系地名が濃密に分布する地域が、非常によく重なっている点です。

では、なぜ東北北部にアイヌ語系地名が多く残ったのでしょうか。

その理由は明確です。
ヤマト朝廷による支配が遅れたためです。

つまり、東北北部では、ヤマト朝廷の支配が及ぶ以前の言語や文化が長く保持されました。その結果、エミシの言語に由来する地名が、後世まで数多く残されたのです。

したがって、古代東北のエミシの言語は、アイヌ語、あるいはアイヌ語に極めて近い言語であったといえます。

さらに、アイヌ語の痕跡は地名だけに限られません。

東北の山岳狩猟民であるマタギの言葉にも、アイヌ語由来の語彙が残されています。

このことは、かつて本州北部にアイヌ語系の言語が広く分布していたことを示す重要な証拠です。

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