突然すぎる別れは避けたい。
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私は法医学者として、これまで5000体以上のご遺体を解剖してきました。
【クリックして画像を見る】心室細動などの特発性の致死性不整脈によって起こる「ポックリ病」の男女比
病院で亡くなっても死因がはっきりしない場合や、事故・事件で亡くなって死因がわからない場合、私のような大学の法医学教室に所属する法医学者や監察医務院の監察医が検案(外表検査)・解剖をして死因を判断します。
その中には「亡くなるには早すぎる」と思うような働き盛りの若い方もいます。
「深夜に異様な唸り声…」
私が解剖した、広告代理店勤務の神田宗太さん(35歳・男性・仮名)がまさにそうでした。
大きな仕事が一区切りを迎え、長めの休暇を取る。会社員なら、そんな場面はよくあるでしょう。
ゴロゴロしながらネトフリで話題のドラマを一気見しようか。それとも旅行か──。どんな時間を過ごすか、考えるだけで気分が高まってくるかもしれません。
しかし、こんなときほど油断は禁物。「明日から休みだ!」という日の夜に、20代、30代の健康な男性が突然死するケースが意外と多いのです。
神田さんは1年にわたる大型プロジェクトが終わりを迎え、翌日から1週間の休暇に入る予定でした。明日は自宅でゆっくり過ごし、明後日から妻や子どもと旅行に行く計画を立てていました。
「家族旅行なんていつ以来だろう? 子どもたちも喜ぶだろうね」
夜、奥さんとそう話しながら機嫌よくハイボールを楽しみ、午前0時にはベッドに入ったそうです。
そんな神田さんに異変が起こったのは午前3時ごろのこと。
「ううっ、うう〜っ!」
同じ部屋で寝ていた奥さんが驚いて目を覚ますと、神田さんが苦悶の表情で肘を折り曲げ、硬直したような体勢で、唸り声を上げています。ただ事でない苦しみようです。
奥さんはあわててスマホを手に取り、119に電話。救急車は5分で到着しましたが、すでに「夫の意識はなかった」そうです。
すぐさま近くの救急病院に運ばれ、神田さんの救命処置が行われました。しかし意識は戻らないまま、午前4時過ぎに死亡が確認されたのです。
「さっきまで元気だったのにどうして?」。突然のことに、奥さんは泣き崩れてしまいました。
神田さんのご遺体が私のいる大学の解剖室に運ばれてきました。ご遺体に一礼して、検案から始めます。
外表上には
- 顔面のうっ血*
- 紫赤色の濃い死斑*
- 外頸静脈の怒張*
- 唇や爪が青紫色に変色するチアノーゼ
- まぶたの裏側に溢血点とよばれる点状の出血
などがありました。
*うっ血……特定の部位に血液が多く溜まった状態
*死斑……皮膚を透かしてみえる血の色がつくる斑(まだら)模様。人が亡くなると心臓が停止して血液が停滞し、重力にしたがって低い位置に移動する(例:仰向けで亡くなったご遺体なら背中側に死斑が出る)。濃い紫赤色の死斑は、虚血性心疾患や脳血管疾患などで急死した場合にもみられる
*外頸静脈の怒張……首の下に2本ある心臓に血液を戻す外頸静脈に血液がたまり、青く浮き出ている状態
これらは、いずれも心臓が急に止まるような病気で急死した場合や、首絞め・首吊りのような「窒息死」で亡くなった場合にみられる所見です。
神田さんの場合、検案だけでは死因がわからなかったため解剖に進みました。顎の下にメスを入れ、下腹部までI字に切開して体内を観察します。
すると、暗赤色の流動性血液がみられました。流動性血液とは「血液サラサラ」状態のこと。これも急死したご遺体にみられる所見です*。
ほかにも、肺の強いうっ血・水腫*、諸臓器のうっ血が認められました。心臓の内膜には、微小な凝血の付着もありました。
神田さんのご遺体は外表上だけでなく、体内の所見も急死の特徴を示していたのです。
不規則な生活で自律神経のバランスが崩れた?
ただ、これらの所見は神田さんが急死したことは教えてくれても、なぜ亡くなったかまでは教えてくれません。
心筋梗塞であれば、冠状動脈の硬化や狭窄、心筋の炎症や壊死のように臓器や組織そのものの異常が認められますが、それもない。脳、心臓、肺など全臓器を取り出して調べましたが、やはり異常は見当たりませんでした。
では、神田さんは何が原因で亡くなったのでしょうか。私の出した結論は、心室細動などの特発性の致死性不整脈によって起こった「青壮年急死症候群」、いわゆる「ポックリ病」です。
ポックリ病とは、20代、30代の男性が深夜、唸り声を上げて苦しみ出し、突然亡くなる病態をいいます。解剖しても前述のような急死の所見だけで、明らかな病変が認められないのが特徴です。休日の前夜に起こることが多いことでも知られています。
ポックリ病が起こるメカニズムは解明されていないので、ここからは私の推論になりますが、おそらく不規則な生活によって自律神経のバランスが崩れたのではないでしょうか。
連日働き詰めのアクティブモード(交感神経)が休暇のリラックスモード(副交感神経)に切り替わるときに何らかの異常が起こり、心拍数や血管の収縮・拡張が不安定になり、心臓に負荷がかかった。
それによって心室細動とよばれる特発性の不整脈が起こり、心臓が急に止まった。最終的には脳に血液が行かなくなり、死に至ったと考えられます。
不整脈には、急死の所見以外に明らかな病変がみられないという特徴があります。労災認定と絡むこともあるため、法医学者は他の病気で亡くなった可能性を慎重に潰していき、最終的にポックリ病と判断しています。
神田さんの死因は「致死性不整脈(推定)に基づく急性うっ血性心不全」となりました。
ポックリ病で亡くなった人の「共通項」
解剖が終わり、警察から神田さんの背景情報の共有がありました。
神田さんは高校、大学でラグビー部に所属していたスポーツマンでした。勤め先の広告代理店では営業を担当。いくつもの案件を掛け持ちして、長時間勤務が常態化していました。仕事柄、業務や付き合い酒が深夜に及ぶこともあったといいます。
しかし、会社の健康診断で引っかかったことは一度もなく、病気で通院していた記録もなし。周りからみれば“健康そのもの”です。本人も体力に自信があったのではないでしょうか。
これまで私が解剖したポックリ病で亡くなった方々の職業には「共通項」があります。広告代理店や証券会社の営業担当者、新聞記者、看護師、医師、遠洋漁業船の乗組員など。いずれも「不規則かつ長時間にわたる仕事」です。ご遺族によると、「仕事人間」だった方も多いようです。
亡くなるのは圧倒的に男性で、男性と女性の割合は9:1といわれています。私はこれまでに5000体以上のご遺体を解剖してきましたが、ポックリ病の方は全員男性で、女性は1人もいません。
親族にポックリ病の人がいたら要注意
残念ながら、ポックリ病にはこれといった明確な予防策がありません。
ただ、遺伝的要素が関与している可能性が高いことが知られています。親族にポックリ病で亡くなった方がいる場合は、20代のうちから少なくとも年1回の心電図検査を受けるべきです。
近年は研究が進み、ポックリ病で亡くなった方が生前の心電図検査で特定の波形を示していた人が多いことがわかってきています。
健康診断では、34歳以下と36~39歳は心電図検査が実施の項目ではないため、親族にポックリ病で亡くなった方がいる人、健康診断で心電図異常を指摘されたことがある人は、かかりつけ医に相談して年1回の検査を受けてください。
あたりまえの話になりますが、働き過ぎを見直して規則正しい生活を送ることも心がけましょう。ポックリ病のリスクを減らしてくれるかもしれません。
ポックリ病で亡くなったご遺体の中には、非アルコール性の脂肪肝を有している人が少なくありません。脂肪肝で、生前に肥満や高血圧、脂質異常症などのいわゆる「メタボ」を指摘されていた人もいました。
脂肪肝とポックリ病の医学的関連性はいまのところ不明です。しかし、脂肪肝は不規則な生活で食生活が乱れていた可能性を示しています。また、脂肪肝がポックリ病のリスクを高める可能性も指摘されています。規則正しく生活するに越したことはないでしょう。
アクティブモードからリラックスモードに切り替わる休日前夜にポックリ病が起きやすいことをふまえて、急激に生活リズムを変えることも避けてください。久しぶりの休みだからといって夜更かしや不摂生をすると自律神経のリズムが乱れます。
リスクのある人は年1回の検査を受け、働き過ぎはなるべく避けて、規則正しい生活を送る。それがポックリ病で突然死するリスクを下げてくれるのではないかと私は考えています。

