高校時代の数学教師の思い出

高校の頃、数学の先生に一人、どう見てもヤクザみたいな男がおった。黒いスーツに、妙に鋭い目つき。教室に入ってくるだけで、空気が一瞬止まる。チョークを持つ姿すら、何かの取り立てに来たようである。「おい、お前ら。数学はな、才能じゃねえ。逃げた回数で苦手になるんだ」

第一声から怖い。だが、不思議なことに、その先生は野球部にもサッカー部にも人気があった。なぜなら、数学を机の上だけのものにしなかったからである。「野球の打率も数学だ。サッカーのパスコースも角度だ。お前らが試合でやってる勘ってやつは、だいたい数字で説明できる」

そう言って、黒板に放物線を描く。「これはただの二次関数じゃねえ。外野フライだ」

その瞬間、今まで記号にしか見えなかったグラフが、急に空へ飛んだ白球に見えた。「一次関数はパスだ。傾きは勢いだ。確率は、勝負どころで何を選ぶかの判断材料だ。数学ってのはな、人生の作戦盤なんだよ」

そう言われると、数学が急に敵ではなくなった。赤点常連だった者たちまで、少しずつノートを取るようになった。先生の教え方は荒っぽいが、芯があった。「分からねえなら、分からねえって言え。そこで黙るな。黙った瞬間、負け癖がつく」

怖いのに、不思議と責めてはいない。間違えた生徒には怒鳴る。「違う!」

しかし、その後に必ず言う。「でも、そこまで考えたのは悪くねえ。お前、あと一歩だ」

これが良かった。ただ間違いを潰すのではなく、どこまで合っていたかを拾ってくれる。すると生徒は、間違えることを怖がらなくなった。やがて、数学で赤点だった者たちが、どんどん80点以上を取るようになった。クラスの空気が変わった。

「数学って、やれば点になるんだ」

その感覚が、教室全体に広がっていった。だが、この先生の本当に恐ろしいところは、テスト前である。テスト一週間前になると、先生は突然、黒板に大きくこう書いた。「今回のテスト、狙う問題はここだ」

教室がざわつく。もちろん、答えを教えるわけではない。先生は過去問、授業中の板書、教科書の例題、プリントの癖を全部見抜き、出やすい型を絞り込んでいたのである。「数学は全部やろうとするから死ぬ。まず取れる問題を固めろ。計算問題、関数の基本、証明の型。ここで落とすな。応用は最後でいい」

これは、ただの勉強法ではなかった。戦い方だった。さらに先生は、とんでもない秘策を出した。「赤点だった奴は、次に60点取ったら勝ちだ。60点だった奴は80点を狙え。80点の奴は満点を狙え。他人と比べるな。昨日の自分を殴り倒せ」

この言葉で、成績の悪かった者ほど火がついた。

野球部の生徒には言う。「毎日素振りしてんだろ。数学も同じだ。公式を眺めるな。手を動かせ」

サッカー部の生徒には言う。「試合中に考えすぎたら動けねえだろ。計算も同じだ。型を体に入れろ」

帰宅部の者にも言う。「お前はお前で、どんどん計算して勝て。点数ってのはな、声のでかい奴だけのもんじゃねえ」

格好も話し方も怖い。だが、その奥には妙な人情があった。生徒を馬鹿にしない。できない理由を笑わない。ただ、できるようになるまで逃がさない。あの先生は数学を教えていたのではない。勝ち方を教えていたのである。

数学とは、才能ある者だけの競技ではない。問題を読み、型を見抜き、取れる点を拾い、焦らず積み上げる技術である。スポーツも、勉強も、仕事も、結局は同じだ。感覚だけで勝てる時期は短い。だが、考え方を身につけた者は、場所が変わっても戦える。あの先生が渡してくれたのは、公式ではない。「難しそうなものを、怖がらずに分解する力」だった。

ヤクザみたいな格好をした数学教師は、黒板の前で毎日、生徒たちにこう教えていたのである。

逃げるな。見ろ。分けろ。手を動かせ。
点は、取りに行くものだ。

数学が苦手だった教室で起きていたのは、補習ではない。赤点組が、自分の人生を取り戻していく、小さな下剋上だったのである。

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