長生きする人に共通していた「意外な特徴」
https://gendai.media/articles/-/169550
逆境の中でも「まだ何かできるかもしれない」と思える心のはたらき、すなわち「前向き」を脳科学の視点から解説します。じつは、この心のはたらきは、ストレスへの対処を助けるだけでなく、人の寿命にも関わることが研究でわかってきています。
*本記事は、『世界一面白い脳の講義 脳の謎を科学で解き明かす』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
逆境の中で、人はどのように希望が生まれる余地を見出すのか
大切にしていたことがうまくいかなかったとき。病気を告げられたとき。災害や喪失によって、昨日まで当たり前だった日常が突然変わってしまったとき。
私たちは、すぐに「前向きになろう」とは思えません。むしろ、先が見えず、何を信じればよいのかわからなくなることがあります。
そのようなときにこそ、希望は問われます。すべてが順調なときではなく、先が見えない逆境の中で、それでも「まだ何かできるかもしれない」と感じられるようになるには、心と脳の中で何が起きているのでしょうか。
逆境の中で、人はどのように希望が生まれる余地を見出すのか
私はこの問いを、「前向き」の脳科学として研究しています。ここでいう「前向き」は、ただ明るく考えることでも、つらい現実を見ないふりをすることでもありません。逆境や不確実性が残っていても、未来にまだ可能性を見出し、行動する力を保つ心のはたらきです。
現在、内閣府は、将来の社会課題の解決と人々の幸福への貢献を目指す大型研究プログラム「ムーンショット型研究開発制度」を進めています。
その目標9では、「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現」することが掲げられています。私は、その中の研究開発プロジェクト「逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現」のプロジェクトマネージャーを務めています。
私が注目しているのは、逆境や不確実性の中で、人がどのように希望が生まれる余地を見出すのかという問題です。まだ答えが定まっていないからこそ、「まだよい方向に変わるかもしれない」という見方が生まれます。
一方で、その不確かな状態にすぐに結論を下さず、とどまることができるからこそ、別の可能性を閉ざさずにいられます。
では、このような「前向き」は、どのような心の仕組みに支えられているのでしょうか。
手がかりになるのは、未来や自分の可能性を少し肯定的に見積もるポジティブ・イリュージョンと、すぐに答えを出さず、不確かな状態にとどまるネガティブ・ケイパビリティです。
この2つの心のはたらきが重なり合うところに、「前向き」の正体が見えてくるのです。
「前向き」は単なる明るさではない
「前向き」という言葉は、一見すると「明るい」「元気な」「ポジティブ」とほとんど同じ意味のように思えるかもしれません。しかし、実際の使われ方をよく見ると、少しちがった姿が見えてきます。
ムーンショットのプロジェクトの一環として行った北海道大学の田口茂教授らとの共同研究では、「前向き」という言葉がどのような場面で使われるのかを分析しました。
たとえば、スポーツの試合に勝って喜んでいる人を見て、「あの人は前向きだ」と言うと、少し不自然に感じられるかもしれません。ところが、試合に負けたあとで、冷静に敗因を分析し、翌日から新しい練習を始めた人については、「前向きだ」という表現が自然に感じられます。
つまり「前向き」は、単にうれしい出来事が起きて明るくなっている状態ではなく、何かよくないこと、うまくいかないこと、思い通りにならないことに直面したときに、それでも前に進もうとする姿勢に対して使われやすい言葉なのです。
この研究ではさらに、日本語の文章を大量に集めた研究用データベースも調べました。「現代日本語書き言葉均衡コーパス」を用いて、書籍や雑誌、新聞などに現れる「前向き」の使われ方を分析したのです。
方位を表す使い方や医学における使い方を含めても、「前向き」の少なくとも約7割は、明示的または暗黙的に逆境と結びついていました。たとえば、「困難の中でも前向きに生きる」「失敗しても前向きに取り組む」といった表現では、「前向き」は困難や失敗と切り離されていません。
このことから、「前向き」は、単に明るい気分を表す言葉ではなく、困難や不確実性に直面したとき、それでも次に向かおうとする姿勢を表す言葉として使われやすいのです。
「ポジティブ・イリュージョン」とは何か
では、逆境の中で、「まだ何かできるかもしれない」と感じられる心は、どこから生まれるのでしょうか。その手がかりになるのが、「ポジティブ・イリュージョン」です。
逆境の中で、「まだ何かできるかもしれない」と感じられる心は、どこから生まれるのか(photo by iStock)イメージギャラリーで見る
心理学者のシェリー・テイラーとジョナサン・ブラウンは、ポジティブ・イリュージョンを大きく3つの側面から整理しました。
第1に、「自分には悪いことは起こりにくく、よいことは起こりやすい」と感じるように、自分の未来を少し楽観的に見ること。
第2に、「自分は平均よりもうまくやれる」と感じるように、自分自身を平均より少し良い方向に評価すること。
第3に、「自分には状況を変える力がある」と感じるように、自分が状況に何らかの影響を及ぼせると見積もることです。
これらは心理学では、楽観主義バイアス、優越の錯覚、コントロールの錯覚などとして研究されてきました。いわば、ポジティブ・イリュージョンとは、自分や自分の未来を少しだけ「バラ色の眼鏡」を通して見るような心のはたらきです。
現実を完全に正確に見ることだけでなく、こうした少し肯定的な心の偏りも、心の健康に役立つ場合があると考えられています。
この3つ目の側面である「自分にも状況にはたらきかける余地がある」と感じることについても、脳科学の研究が進んでいます。
ムーンショットのプロジェクトに参加しているライプニッツ・レジリエンス研究所のミシェル・ヴェッサらの研究では、自分ではコントロールしにくいストレス状況でもコントロール感を持てる人ほど、無力感が低く、ストレスに対する身体反応や脳活動にもちがいが見られることが示されています。
このようなコントロール感は、「まだ何かできるかもしれない」という感覚を支える手がかりになります。
ただし、ポジティブ・イリュージョンは、明らかな現実を否定することではありません。雨が降っているのに「降っていない」と思い込むようなものではないのです。むしろ、これからどうなるかがまだ決まっていない領域を、どのように意味づけるかに関わる心のはたらきだと言えます。
この心の偏りが強すぎれば、危険を過小評価したり、判断を誤ったりすることもあります。しかし、ほどよくはたらけば、困難な状況でも対処の手がかりを見失わず、心や体を支える助けになります。
楽観性は心と体を支える
自分の未来を少し肯定的に見積もる心のはたらきは、私たちの心や体とも関係しています。
私たちの研究グループでは、成人の日本人を対象に、近い将来をどのくらい楽観的に予測するかを調べ、抑うつ症状や絶望感との関係を分析しました。その結果、近い将来を楽観的に予測しにくい人ほど、絶望感や抑うつ症状が強い傾向が見られました。
筆者のグループによる調査では、近い将来を楽観的に予測しにくい人ほど、絶望感や抑うつ症状が強い傾向がみられた(photo by iStock)イメージギャラリーで見る
さらに、新型コロナウイルスの流行前後でくらべると、人々の楽観的な予測は低下していました。
興味深いのは、その低下は主に「悪い出来事が起こりそうだ」という予測の増加ではなく、「よい出来事が起こるかもしれない」という予測の弱まりによって起きていたことです。この結果は、逆境の中で希望を保つうえで、未来によい可能性を予測する力が重要であることを示しています。
心理学では、抑うつ状態では自分や未来を楽観的に見積もる力が弱まりやすいという見方が、「抑うつリアリズム」として議論されてきました。未来によい可能性を予測する力は、心の健康を支えるうえでも重要なのです。
楽観性が高い人は、平均寿命が長い
楽観性は、身体の健康とも関係しています。たとえば、楽観性が高い人は、そうでない人にくらべて平均寿命が11〜15%程度長く、85歳以上まで生きる割合も高いことが報告されています。
楽観性が高い人は、そうでない人にくらべて平均寿命が11〜15%程度長く、85歳以上まで生きる割合も高い(photo by iStock)イメージギャラリーで見る
重要なのは、この長寿との関連が、年齢や社会経済的要因、もともとの健康状態、抑うつ、健康行動などを考慮しても見られたことです。楽観性は、長寿を支える心理的資源のひとつである可能性があります。
その背景には、健康を保つ行動や免疫代謝などの身体の仕組みに加えて、ストレスへの反応や回復のしやすさが関わっていると考えられます。
この点は、逆境から立ち直る力、いわゆるレジリエンスとも関係します。複数の研究をまとめて検討した報告では、楽観的な人ほど、ストレスをただ避けるのではなく、問題に取り組んだり、自分の感情と向き合ったりする対処を取りやすいことが示されています。
さらに、出来事を過度に否定的に決めつけず、意味を少し肯定的に捉え直すことも、レジリエンスを支える仕組みとして注目されています。
ここまで見てきたように、未来を少し肯定的に見積もる心のはたらきは、逆境の中で希望を保ち、ストレスに対処するうえで重要な要素だと言えます。ポジティブ・イリュージョンは、このような未来の見方だけでなく、自分自身の見方にも現れます。

