引退後に人間ドックをやめていた中で発覚した膵臓がんステージⅣ、余命数週間の告知

こうなったとき、自分ならどうするか。
真面目に考えたりする。
https://news.yahoo.co.jp/articles/72437d219a4948a292c6a5075ac4f8695c250b9d

膵臓がんは早期には自覚症状が表れにくく、発見されたときにはすでに進行しているケースも少なくありません。エコやんさん(仮称)は2026年2月、40℃近い発熱をきっかけに医療機関を受診し、進行膵臓がん(ステージⅣ)と診断されました。

突然の余命宣告、重度の肺炎による治療中断、家族に次々と訪れた試練——。周囲の支えを受けながら治療を続けるエコやんさんに、発覚から現在に至るまでの経緯を聞きました。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年6月取材。

体験者プロフィール:エコやんさん(仮称)
72歳。50歳のときにくも膜下出血を発症し、開頭クリッピング術(頭蓋骨を開き、出血の原因となった血管のこぶをクリップで留める手術)を受ける。その後は大きな病気なく過ごし、2年前に会社の代表職を退いた後も会長として勤務。2026年2月、発熱をきっかけに進行膵臓がんと診断され、現在は入院しながら抗がん剤治療を続けている。

突然の高熱から、突然の「がん宣告」

編集部:
最初に不調や違和感に気付いたのはいつですか?

エコやんさん:
2026年2月1日の夜中0時ごろ、40℃近い発熱があったことがきっかけです。解熱剤でしのぎ、朝になってからかかりつけの胃腸内科を受診し、薬をもらって帰宅しました。

ところが、次の夜中にも40℃以上の熱が出て、さらに嘔吐(おうと)もあったため、翌日、再び同じクリニックを受診しました。しかし、「原因は分からない」とのことで、紹介状を書いてもらい、近くの総合病院へ向かうことにしたんです。

編集部:
その後、どのような検査や処置を受けたのですか?

エコやんさん:
「黄疸(おうだん/皮膚や白目が黄色くなる症状)が出ている」とのことで、CTや内視鏡などの検査を受けました。その後、「胆管(肝臓で作られた胆汁を腸へ送る管)が詰まって炎症が起こっていたので、胆管にカテーテルでステント(パイプ)を入れました。詰まりが解消したので、高熱に関しては収まっていくでしょう。これから、そもそも胆管が詰まった原因を調べていきます」と言われました。

編集部:
がんの告知は、どのような形で受けたのでしょうか?

エコやんさん:
胆管が詰まった原因を調べるためのMRCP(MR胆管膵管撮影)や造影剤を使ったCT、血液検査などを受けた後、「腫瘍内科の先生から説明があります」と言われ、「私、がんですか?」と聞いたら「そうです」と告げられました。その後、私と妻と長男の3人で、腫瘍内科部長の説明を聞き、「進行した膵臓がんで余命は数週間」と説明を受けました。

編集部:
告知を受けたときの心境を教えてください。

エコやんさん:
会社の引き継ぎも無事に終わり、これからの生活を思い描いていたのになぜ……です。涙が止まらず、「本当に私のカルテですか?」と何度も聞いてしまいました。

娘の子どもが6月に生まれる予定でしたが、「それまで持たない」とのことでした。

編集部:
ご自身のがんは、どのような状態だったのですか?

エコやんさん:
ほかの臓器に転移がある状態です。私の場合は肺と肝臓、腸に転移があるため手術で切除することはできず、抗がん剤で治療していくしかないそうです。

編集部:
治療方針について、医師からはどのような説明がありましたか?

エコやんさん:
標準的な抗がん剤治療である「GEM+nab-PTX(ゲムシタビン+アルブミン懸濁型[けんだくがた]パクリタキセル)療法」を行うとのことでした。週1回の治療を3週間続けて1週間休む、合計4週間を1クールとして繰り返します。副作用についても説明を受けました。

編集部:
治療方針を聞き、何を感じましたか?

エコやんさん:
この治療で孫の顔を見られるかもしれないという希望を感じました。告知から数日がたっていたこともあり、少しは冷静になれたとも思います。

「余命数週間」から始まった治療の日々

編集部:
実際の治療は、どのように進められましたか?

エコやんさん:
抗がん剤治療は、入院したまま2月16日から始まりました。第1クールが終わったのが3月18日で、翌19日から第2クールを開始。2日後の3月21日に退院し、通院での治療に変更となりました。2月初めの入院から数えて、50日におよぶ入院生活でした。しかし、第2クールの4週目に熱が出て、即入院になりました。

編集部:
再入院の原因は何だったのでしょうか?

エコやんさん:
重度の肺炎でした。血中酸素濃度が80%台(通常は97〜99%)まで落ちていたそうです。

抗がん剤で抵抗力が落ちていたところに、カビ(真菌)が肺に入り込んで炎症を起こしていたのです。家族は医師から「ここ2〜3日が山場です」とまで言われていたようです。

抗がん剤はいったん中止となり、肺炎の治療に集中することになりました。

編集部:
つらいことも重なりましたが、現在の体調や生活はいかがですか?

エコやんさん:
今も入院しています。肺炎の治療には45日ほどかかりました。

今は完治し、2カ月ぶりに抗がん剤治療が再開され、2回目が終わったところです。副作用もほとんどなく、快適な毎日を送っています。

早く退院したいですね(笑)。

編集部:
治療中、特に印象に残っている出来事はありますか?

エコやんさん:
がんと診断された際、院長と「生まれてくる孫の世話をする」という目標を立てて、治療を始めました。そして、治療が一息ついた5月初旬、世話をすることを目標にしていた孫が、娘の妊娠9カ月のとき、おなかの中で亡くなりました。

娘も大きなショックを受け、私自身も生きる気力を失いました。それでも院長から「次の目標を見つけて頑張りましょう」と励まされ、娘と支え合いながら、家族や友人の力も借りて、何とか前を向こうとしていました。

ところが、ようやく落ち着いたころ、今度は妻が倒れ、同じ病院に入院することになりました。この数カ月の大きなストレスや心身の疲労が重なり、大腸憩室炎(大腸の壁にできた小さなくぼみ[憩室]に炎症が起きる病気)が重症化してしまったんです。

さらに、自宅には介護が必要な義母もおり、家族は再び大変な状況に置かれました。ドラマのような話ですが、現実です。

あまりにも試練が重なり、「なぜこんなことが続くのだろう」と神様や仏様を恨んだこともありました。でも、今は少しずつ状況が落ち着き、妻も近く退院できる見込みです。

編集部:
大変な出来事が続く中でも、前向きになれたことはありますか?

エコやんさん:
支えてくれた人の存在が、前を向く力になりました。今回の病気では、家族や社員、友人に大変お世話になりました。

以前、「人はたくさん涙を流し、声を出して泣いたり笑ったりすることで免疫が上がる」と聞いたことがあります。当初はあまり信じていませんでしたが、今は本当かもしれないと思っています。

ここ数カ月、私は人生でいちばん多くの涙を流したと思います。SNSを見ては涙、応援動画を見ては涙、家族や友人から電話があれば涙、面会があれば涙でした。周りも、私がここまでの泣き上戸とは思っていなかったようでした。この涙が原因かは不明ですが、抗がん剤治療の副作用が少ないように感じています。

特に、がん治療でよく聞く「食べられない」「食べても吐いてしまう」という副作用が皆無(※)なのは、医師も看護師も不思議がっています。食事を取れずに苦しんでいる患者さんが多い中で、私は毎食完食できているので、「涙の力かな?」なんて言っています。

※抗がん剤の副作用には個人差があり、また笑い・涙と免疫や治療効果との因果関係は科学的に確立されていません

病気を通して見つめ直した「家族」と「人生」

編集部:
病気になる前と後で、変わったことはありますか?

エコやんさん:
すべてが大きく変わりました。まずは家族のことです。これほど長い時間を過ごすのは初めてのことで、家族の大事さがよく分かるようになりました。病気になる前は仕事と趣味のゴルフばかりを優先し、家庭にいるのは夜遅い時間だけという生活でした。今では反省しています。

仕事の面では、2年前に代表職を退いた後も会長として出勤を続けていましたが、病気になってからは、ほとんどがリモート対応になりました。便利さやありがたさを感じる一方で、会社から離れている寂しさもあります。それでも、週に2回ほど会社の幹部が交代で面会に来て励ましてくれることが、大きな支えになっています。

気持ちの面でも大きな変化がありました。がんと告知された直後は動揺し、かなり取り乱してしまいました。時間がたつにつれて「これからどう生きるか」「残された時間で何をするか」を考えるようになり、少しずつ心が落ち着いてきました。ただこの先、死が近づいたときに自分がどう感じるのかは、今の私にも分かりません。

編集部:
これまでを振り返って、後悔していることはありますか?

エコやんさん:
大いにあります。2年前までは、代表職を務めていた関係で人間ドックを受けていました。しかし、引退してからは人間ドックを受けず、かかりつけのクリニックで毎月の薬をもらうだけで済ませていました。その間に細かい検査をしていれば、手遅れになることはなかったかもしれないと思っています。

実は2年半ほど前に「糖尿病予備群」と言われ、薬を処方してもらっていました。思ったよりよくならず、半年ほど前から薬を変えたところ、数値はよくなり、安心していたんです。しかし、2月にこの状況になりました。あくまで私個人の経過ですが、糖尿病予備群ということはインスリンの分泌が悪いわけですから、膵臓の検査をきちんと受けるべきでした。

この後悔だけは、後進の社員や仲間たち、そして読者の皆さんにも伝えたいと思います。

編集部:
医療従事者へ伝えたいことはありますか?

エコやんさん:
私が望むことは何もありません。とにかく謝意だけ伝えたいと思います。

くも膜下出血と膵臓がん、2回も私の命を救ってくれて、私と同じように涙を流してくれた医療従事者の皆さんには、改めて感謝を申し上げます。

編集部:
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

エコやんさん:
私は、今年の1月まで元気な初老の男性でした。毎月1日には山に登ってお参りをし、家族と会社の安全や健康を祈願していました。代表職は引退しましたが、毎日会社に出勤して仕事をこなし、月に3〜4回は関東へ出張し、月に10回以上はゴルフもしていました。同年代に羨まれるほどの体力があったと自負しています。

家族にも恵まれ、これから孫も増え、90歳まではゴルフを続けようなんて話していた矢先、熱を出して検査をしたら、余命数週間のがんと診断されました。自覚症状もなく元気だった人間が、いきなり余命宣告を受けたときのショックは、地獄の穴に落とされた感じです。後悔・悔しさ・家族への反省・仕事への未練……さまざまな感情が次々と浮かび、「こんな現実あるのか」「なぜ自分が」「なぜこんなことに」と考え続けていました。

読者の皆さんも、どうか自覚症状がなくても、定期的に検査を受けてほしいと思います。

編集後記
エコやんさんは、突然の高熱からわずか数日で進行膵臓がんと診断され、余命宣告を受けました。重い肺炎や家族の試練が重なる中でも、周囲の支えを力に治療を続けています。エコやんさんが語るように、自覚症状がなくても病気が進んでいることはあります。体は元気だと思っていても、定期的に検査を受けることが大切です。

本稿には特定の医薬品、医療機器についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や販売促進などを目的とするものではありません。

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